ある日の放課後、弓道部の備品を預けようといつもの使っているコインロッカーを開けた。

Posted on 11月 29, 2016

ある日の放課後、弓道部の備品を預けようといつもの使っているコインロッカーを開けた。
ロッカーの中を開けて見るなり驚いた。中にタオルにくるまれた赤ん坊が入れられていたのだ。
もう死んでいるらしく瞼はかたく閉じられていて、身動きしない。脈を取ってみたが赤ん坊の冷たい手首からは何も伝わってこなかった。
警察に届けようかと思ったが面倒くさいのでやめた。これから、塾があるのだ。
事情聴取なんかに付き合っていたら勉強が遅れてしまう。
色々考えた挙句、駅の裏に位置する公園の池に捨てることにした。
私はあの池の魚たちが好きなのでえさをあげようと思ったのだ。
きっとあの赤ん坊の遺体は魚に食べられるだろう。
一週間ほどたった夜、私はあの赤ん坊のことを思い出し、ふと公園に立ち寄って見る事にした。
池のほとりで黒い水にゆたう月の美しさに見入っていると、異臭とともに何か小さい小型犬のようなものが
池から這い出て来た。

よく見ると、あの時私が魚たちに与えた赤ん坊である。
生きていたのだろうか。いや、そんな筈がない。確かに赤ん坊は死んでいた。
ということは・・・これは、あの赤ん坊のゾンビなのだろうか?体のどこも腐ってはいないが。
と、あの赤ん坊が私の足元に尋常でない速さで擦り寄り、からすのような妙に甲高い声で囁いた。
「ママ」
どうしたことかこの赤ん坊は私を母と思い込んでいるようである。
少し戸惑ったものの、怪物とはいえ、慕われて悪い気はしない。
私は夜も更けた頃に家を抜け出して公園へ行き、あの赤ん坊と散歩するようになった
散歩といっても公園から外へ出ない。
私は赤ん坊と凍て付く冬空の中、冷たい輝きを放つ星を見たり、
針葉樹林の匂いを嗅いだり、
東屋で即興で作った詩を赤ん坊に聞かせたりした。
赤ん坊は私といる時、とても楽しそうだった。

赤ん坊と時間を過ごすようになってから1カ月が過ぎる頃、私はあのロッカーの前でうなだれている女を見つけた。
20代後半のうらぶれた貧しそうな女で、ぼさぼさの髪の毛をゴムでゆわえ、筋張った体に趣味の悪い派手なワンピースを身にまとっていた。
大方、あの子の母親なのだろう。今更、後悔しても遅い。あの子は既に私のものなのだ。
あの子もあんな醜くやつれた女よりも私の方が母で嬉しいはずだ。
私は優越感を抱きながら家に帰り、あの子に名前をつけてあげようと思い立った。
あの子は女の子だ。私の名前「橘 冬華」から一文字とって「橘 美冬」などどうだろう。
あの子は冬に生まれたので調度良い。あの子はものが食べられるようになるだろうか。
もしそうなったら私の得意料理である、ビーフシチューと、クランベリータルトを食べさせてあげよう。
翌日、私は驚愕と悲しみを味わう事になった。あの女が公園で死んでいたのだ。
腹を美冬に食い破られて。美冬も死んでいた。警察は美冬を獣とも動物とも認定することができず
美冬の死体は、大学の研究室に送られることになった。
私にはわかる。美冬は母の腹の中に帰ろうといたのだ。
あの公園の池より快適な場所へ。私より大切な人の所へ。
美冬は私よりあの人を選んだのだ。美冬は母親に会えたのだ。これで良かったのだ。
私はその日の夜、何年かぶりに泣いた。

10年以上前、鳥取から東京への修学旅行の帰り、山陰本線(?)だかの寝台列車で

Posted on 11月 28, 2016

10年以上前、鳥取から東京への修学旅行の帰り、山陰本線(?)だかの寝台列車で。
夜中、日本一高いっていう鉄橋を通りました。その2~3年前に強風で列車が脱線、下に落ちて何人か亡くなった場所です。
寝台車のベットで寝れなくて4人で怪談してた友達が、
「人が死んだところで怪談してるとやばくない?」
「やめようか?」
「やめよう やめよう」
と、話してたところ、
「そうしたほうがいい」
という男の声がきこえたそうです。
慌てて周りを調べたが、近くにいた人はいなかったため、パニックになり、
「やばいよ、まじで止めよう」
「そうだな」
「止めよう」
と話したところ、
「そうしろ」
という声が聞こえたそうです。
速攻逃げて別の、友達のベットで寝たそうです。
声は列車の窓際下の空間からしたそうです。
余部(あまるべ)鉄橋です。たしか。

ありがちな怪談話なんだけど、父の友人の話してくれた経験が 洒落にならない怖さだった

Posted on 11月 23, 2016

ありがちな怪談話なんだけど、父の友人の話してくれた経験が
洒落にならない怖さだった

その父の友人(仮にAさん)は、夜釣りが好きで、といっても素人なんで
某海岸線の道路脇の、テトラポットが並べてある場所がお決まりの
釣り場所があって、そこは内海になるので、テトラポットの上に立っていても、
大波は来ないし、すぐ横の道路には電灯が点いていて足元も明るい
人家も近くにあって、そこそこ安心感もある・・というような、素人太公望の
Aさんにはうってつけの場所だったそうだ。

その場所でAさんがいつもの様に釣りをしていて、夜中の11時を過ぎた頃
ふっと後ろの電灯に陰がさしたので、釣竿を持ちながら後ろを振り返ると
お婆さんが道路を歩いているところだった。(電灯の前を通ったので陰ができた)

「何でこんな時間にお婆さんが?」と不思議に思ったけど、そのまま
通り過ぎたので、すぐに忘れて釣りに没頭していると、直ぐ後ろに人の気配がして
思わず振り返るとそのお婆さんが真後ろに立っていた!

「幽霊?!」って一瞬ギョっとしたものの、間近で見ても生きている人間としか
見えなかったし、お婆さんも「釣れますかいの?」なんて呑気に聞いてくるので
安心して「いや~なかなかですわww」みたいな受け答えをしてから
「ほな、お気をつけて」と、そのお婆さんが道路に戻っていったのを確認してから
また釣りを始めた。

すると暫らくして、今度はすぐ斜め前方のテトラポットの上に、そのお婆さんが
立っているのを目撃して「そんなところにいたら、危ないですよ」と言いかけて
ふと自分が立っているこの場所まですら、男でしかも滑り止めのついたゴム長を
履いて苦労して来たのに、そのお婆さんはスラックスとツッカケみたいな軽装で
どうやってあそこまで簡単に行けたんだ?と疑問がわいたし、そのお婆さんを
斜め後ろからじっくり見ると、薄明かりの中でも何となく不自然な陰影があるのに
気がついたそうだ。

後頭部のラインが変というか、ごっそり削げ落ちていて、凹んでいるように
見えるので確かめようと目を凝らしていると、そのお婆さんがふと振り向いて
A,さんの方を見たので、顔が潰れていて目も鼻も口も無くなっているのがはっきり
見えて、もうAさんは悲鳴を上げて釣り道具も何もかも放り出して、這うように
こけたり転んだりしながら道路に出て、近くに止めてあった自分の車に飛び
乗って家まで帰ってきたけど、手足が傷だらけで震えが止まらなかったとか。

それからは怖くて夜釣りを止めた・・と言っていたが、このAさん普段は嘘
どころか冗談もあんまり言わない人だったので、多分実話だと思うけど
一旦、安心させておいてフェイントで脅かす幽霊って嫌だ・・・・_| ̄|○

僕がまだ中学生だった頃の事。

Posted on 11月 21, 2016

僕がまだ中学生だった頃の事。
僕等の中学校の校舎はまだ今では珍しい木造で僕が丁度二年目を終える頃に
旧校舎は取り壊し、新しい鉄筋コンクリートの校舎が作られる事となった。
お陰で僕等の貴重な最後の一年はプレハブと言う悲しい結果となった訳だが
この話は旧校舎から一旦全ての学用具を運び出す時に起きた不思議な現象だ。
その頃僕は図書委員と言う無難な委員を任されていたために
図書館の本の移動という極めて面倒で体力の要る仕事を任された。
実際本の数は物凄く、数日で分けて運ばなければ済まないほどだった。

本棚から本を抜き、分類別にダンボールに収納し、
それをプレハブ倉庫まで運ぶ。そんな作業を何十回繰り返す。
そうして全ての本が運び出された後、広々とした図書館には
空になった本棚以外何も無くなっていた。
最後の作業と言う事で僕らは本棚を持ち上げ、横にしてから解体を始めた。
本棚も校舎の改築に合わせて新調されると言う事だった。
年季の入った本棚の後には年を物語るほどの多くの埃と色々な本が隠されていた。
主には古い怪しげな本や、今まで紛失したと思われる本が沢山見つかった。
にわかに盛り上がる面々。
そんな中に一枚の写真が混じっている事に僕等は気づいた。

手にとって皆で見るとそれはセピア色で白黒の世界。
木造の校舎の前に六人の学生が肩を並べて写っていた。
僕らはこれは何年も前の先輩の写真じゃないか、
この木造校舎が出来て間もない頃撮られたものじゃないかと言った。
なぜなら校舎の裏にはまだ木々が沢山存在していて、
校舎自体も今より傷が少ない気がしたからだ。
それで少しの間、皆で写真を見つめていたら妙な事に気づいた。
なんだか焦げ臭いのだ。別に何かを燃やしている訳でもないし、
誰かがタバコを吸っていたわけでもない。皆気づいていた。
写真から焦げくさい臭いがしている。

髪や肌が焼けた臭い。そして写真を覗くと中の六人は輪郭が無くなっていた。いや、
顔や手が真っ黒に変わっていたんだ。
それを見たとき、僕は体中が熱くなった気がした。
そのまま僕等はぼおっと写真を見つめていた。
どれだけの時間が過ぎたか解らないけれど、
やがて図書館に先生が顔を見せる。
そして僕等をみて悲鳴を上げて走り去った。
それで我にかえった僕等が見ていたのは床に着いた写真型の焦げ付きだった。

僕等が見た写真は結局何だったのか解らない。
後程先生に聞いてみた所によると僕等の顔が無いように見えたと言っていた。
その日、家に帰ると僕は高熱で寝込んだ。
二三日高熱が続き、学校へ出席した時、
僕以外の図書委員も皆高熱で休んでいたらしい事がわかった。
思い返してみると、その時僕等の人数は確か六人だった。
それが関係しているのかも良く解らない。
今では木造の校舎も取り壊され、跡形もなくなってしまった。

こどもの日でもなんでもないのにあの閻魔大王みたいな人形がしっかりとケースに入ってご飯とお酒と数枚のお札らしきものと一緒に飾ってあった

Posted on 11月 21, 2016

小学生の頃、友だちの家に遊びに行った時のこと。こどもの日でもなんでもないのにあの閻魔大王みたいな人形がしっかりとケースに入ってご飯とお酒と数枚のお札らしきものと一緒に飾ってあった。
興味本位でその友だちに話しを聞いてみたら、半年くらい前、顔面、特に鼻周辺をよく怪我する事があったらしい。
そしてたまたま五月人形を出してみたところ、その閻魔大王みたいな人形の鼻の部分が真っ黒に汚れていて、これはすぐに何とかしないといけないと思ったらしい。
なぜなら、鼻が汚れていただけでなく片手が落っこちていたから、とその友だちは教えてくれた。

友達と深夜にドライブしてたんだが、去年ここに引っ越してきて観光スポットを回った事がないと話したら今から行ってみようという話になった。

Posted on 11月 19, 2016

二日前の話。
友達と深夜にドライブしてたんだが、去年ここに引っ越してきて観光スポットを回った事がないと話したら今から行ってみようという話になった。
その城への距離自体はたいした事なく車で20分程走ったとこだったが俺は知らない道の為迷いながらもなんとか到着。
仕事の後だったし夜中の3時を回った頃だった。
俺も友達も疲れて半分寝ながら到着。
ここが有名な城かーとか考えてたと思う。
んで入れないし見飽きたので車を来た道とは逆に走らせる事にした。
その城のすぐ近くにこれまた有名な心霊スポットというか自殺スポットがあるんだが、
「この橋通るといっつも嫌な気分になるんだよなー」
とか軽口叩きながら走ってた。
その後友達を家まで送ってぼんやり車で走りながら城と橋の事考えてた。

で、ふと気付いた。

俺初めて行ったんだよ。その城も橋も。
なんで見たこともない橋なのにそこをその橋だってわかったんだろ?
「この橋通るといっつも嫌な気分になるんだよなー」って確かに俺が言ったんだよ。

今年33歳になるが、もう30年近く前の俺が幼稚園に通ってた頃の話です。 昔はお寺さんが幼稚園を経営してるケースが多くて、俺が通ってた所もそうだった。

Posted on 11月 18, 2016

今年33歳になるが、もう30年近く前の俺が幼稚園に通ってた頃の話です。
昔はお寺さんが幼稚園を経営してるケースが多くて、俺が通ってた所もそうだった。
今にして思うと園の横は納骨堂だったし、その隣は古い墓地だった。
夕方、幼稚園の遊具で遊んでいた。外には俺一人だった。
室内には何人も人がいたんだと思う。でもそのときは何故か俺一人だった。
ジャングルジムの上に人が座っていた。男の子だった。
黒の半ズボンに黒い金ボタンの上着を着ていた。裸足だった。
坊主頭で小学生くらいだったんだろうか、すぐ自分より2つ3つ年上の子だと分った。
その子はじっと俺の方を見ていた。
特に怖いとかビックリした記憶は残って無い。ただ何故か無性に寂しくなったのを
覚えている。

その子は黙ってジャングルジムから下りると、納骨堂の横を通って
墓地の方へ歩いて行った。
俺はその子の後について行った。墓地と言っても園の隣で見慣れた景色
だったし、日頃かくれんぼをして遊ぶ場所だったので特に怖いとは思わなかった。
その子を目で追ってたつもりだったが、何故か今思い出そうとしてもその時の光景が
思い出せない。だが、その時見た苔の生えた小さな墓だけは鮮明に脳裏に焼き
ついている。古い墓地によくある巨木が夕日を遮っていたので辺りは薄暗かった。
その薄暗さを意識した瞬間、すごく怖くなって走って園に戻った。
時間にして1~2分の出来事だったんだろうが、今思うとすごい長い時間だった
様な気がしてならない。

しばらくして祖母が迎えに来てくれた。
今思うと祖母が迎えに来てくれたのはその時が最初で最後だった。
何故かその時、祖母の顔を見た瞬間の安堵感を覚えている。
そして祖母は墓の方を物悲しい顔でしばらく見ていた後、「○○ちゃん(俺)
何も心配せんでよか・・・ばあちゃんがちゃんとしてやっけんね」と
俺の顔をまじまじと見ながら言った。
二人で手を繋いで家に帰った。途中、駄菓子屋の前を通りかかった時、俺は
無性に寄り道したかったが、「今日はあかん!今日はあかん!早よ帰らんばあかん!」
と祖母にたしなめられた。

祖母が死んだのはその日の深夜だった。
何故か俺には祖母の死が記憶としてハッキリ残っていない。葬儀で親戚やら
知人やらが家に大挙して慌しかったのは覚えているが、祖母が死んだ悲しさ
が今でも全く記憶から消えている。
翌年、俺は小学生になった。小学校も幼稚園と道を挟んで隣接していたが、
俺はその後、一切近寄らなかった。正確に言えば近寄れなかった。
意識すると頭の中に苔にまみれたあの小さな墓が浮かからだ。

中学2年になった時、町内のボランティアで再び幼稚園のあるその寺を
訪れることになった。墓地は整備され、古い無縁仏や墓石は撤去されて
以前の面影は残っていなかった。幼稚園も新築され、当時とは全く景色が
変わっていた。
寺の本堂が改築されるらしく、古い荷物やらゴミやらの掃除がボランティア
の仕事だった。住職が何十年もの間、寺に持ち込まれた物を整理している。
その中に遺影が何十枚もあった。俺と友人はそれを外に運び出すよう言われた。
黄ばんだ新聞紙に包まれた遺影の中に一枚だけ裸の遺影があった。
俺はその遺影を手に取って見た瞬間、全身の血が凍った。
あの時みた少年の遺影だった。そしてその少年の背後からその少年の首を
この世の物とは思えない形相で絞めている祖母の顔が写っていた。
俺は気を失い、目がさめた時は病院だった。
父も母も恐怖で顔が尋常ではなかった。

後に写真は住職が供養して焼却処分したと聞いた。
父が住職に聞いた話では、その少年は戦時中、土地の地主が養子に引き取った
子で、かなりの冷遇を受けた後、病死したらしかった。
祖母は若い頃、その地主の家で手伝いをしていたらしく、かなりその子を可愛がって
いたそうです。
その少年は多分俺を連れて行く為に現れたんだろうと住職は言っていたそうです。
祖母はそれをさせまいとして、その結果があの写真だったのだろうと言っていました。
その後、すぐ引っ越したのですが、今でも思い出します。

僕がこの話を聴いたのはあるファミレスでだった。

Posted on 11月 17, 2016

僕がこの話を聴いたのはあるファミレスでだった。
サークルの皆でちょっとした遠出を決行する事となり、
メンバーとの待ち合わせを駅前でしていたんだ。
仲間の一人が親のすねで新車のミニバンを買った事がきっかけだったと思う。
しかし、実際に時間通り現れたのは僕とY二人だけだった。
比較的駅から近い場所に住んでいた僕とYは他のメンバーと違い、
直ぐにつく事が出来たわけだが、僕等の他の皆はバンに乗り合わ
せたため渋滞にはまり、まだここに着くには暫く時間がかかるといわれた。
仕方なく僕らは近くのファミレスで時間を潰す事にした。

ところでYだが、サークルに入ったばかりの新人で
僕は余り話した事のない人物だった。
内心少し緊張していた僕だったけれど、
Yは聞いていた通り話しやすく気さくな人物で
僕はすぐに安心する事ができた。
僕らは打ち解けあい、何度かくだらない話で盛り上がり
30分ほど時間を潰した後、未だたどり着かない仲間に連絡を入れたのだが、
ひどい渋滞であと一~二時間ほどかかという答えが返ってきた。
しかしまあ、待っていれば迎えに来てくれるのだからと
気楽に構えていた僕らは、じゃあ小腹が空いたから何か軽い食べ物でも
食べようかとはなして注文を始めたのだが、
Yの頼む品目が僕の想像を遥かに上回り、
4~5人分の腹を満たすに充分な量を頼むのだ。

「いったいどうしたんだ?こんなに一度にお前一人で食べられるのかよ?」
と、僕が聞くとYは
「俺は大食いだからこれくらい平気だよ」
と歯を出してにこりと笑う。
僕はYの歯を見たときあれ?と、思った。
Yの歯の根本が黒ずんでいたのだ。
ああ、たばこか虫歯かな。汚いな。
などと思っていると次々と注文したメニューがテーブルへと並び始め、
それをYは次々と勢い良く食べ始めた。
あまりにも気持ち良い食べっぷりで僕は呆然と眺めていたのだが、
痩身で輪郭の線が薄い彼がどうして体系を維持できるのか気になり始めた。
だから、
「良くそんなに食べて太らないな。胃下垂かなにかじゃないか?」
と聞いたのだ。
Yは
「俺も前はこんなに食べなかったんだ。ある事がきっかけでね」
そう言うと何かを言いたげな目線で僕を見る。

「ふーん。じゃあ聞かせてくれよ」
少し興味が沸いた僕はYの話を聞きたくなった。
「余り良い話じゃないから食事中は話したくないんだけどな」
そう言いながらYは今は二人だけだし、まぁいいかと訥々と話し始めた。
「俺さ、元は結構小食だったんだよ。そりゃ全く食べなかったわけじゃないが、
まぁ食パン二枚、一日二食で足りるくらい」
そんなYが変わったのは以前の彼女と付き合っていた事が関係するらしい。
初めは可愛い彼女と好き勝手に暮らしていたYだったのだが、
一日何十通もMailを送られ。返信しないとすぐに取り乱す彼女を段々と
煩わしくなっていった。
その上彼女のしつこさは前にも増してきたのだ。
家でトイレに行くといって離れてもトイレの前で待っている程に。
付き合い始めて二ヶ月もするとすっかり熱が冷めてしまい、
彼がある時をきっかけに
「これ以上しつこくするようなら別れる」
と、伝えたらしいのだ。すると絶対嫌。と彼女は言い、
どうしても同意してくれはしない。
仕方なくYは彼女の心が離れるようにわざと突き放した態度を取っていた。

けれど彼女は諦めず、料理も以前と比べ物にならないくらい
手の込んだものを作ったり、以前のようにしつこい行動もとらなくなったり、
とにかくYの心が離れないよう必死になり始めたと言う事だった。
しかし、一度離れてしまったYの恋心は再び火がつく事は無く、
二月ほどしてから遂には彼女の方から別れると言う同意を得たとの事。
「正直ほっとしたのは確かだよ。だって別れるんだったら俺を殺して
私も死にますって勢いだったからさ。
でもなんで急に諦めがついたのか、そっちの方が俺としては不気味で」
そう言ってYはフライドポテトを口の中に放り込んでむしゃむしゃと食べる。
「でも、それと大食いと何が関係するんだよ」
なんだか確信をはぐらかされている気がして僕はそう聞いてみる。

「それがどうやらあの女、全然俺と別れる気が無かったみたいなんだ」
そううんざりした顔でYはいった。
その後、別れてから一週間経つかたたないかした頃。
Yの携帯に見た事のない電話番号から電話がかかってきたそうだ。
その電話によると、Yの元彼女はYと別れた後にすぐに自殺したという事らしい。
彼女の住んでいたマンション屋上からの飛び降りたのだと。
それで母親からの電話が彼に届いたのだそう。
なんでも彼女の遺書に私が死んだら彼に日記を渡してくれと書いてあり、
同時に携帯の番号も記されていた。
「俺、嫌だったんだけどさ。受け取らないわけにはいかないだろ?」
それでYの手に渡った日記には、どれだけYの事が好きなのかだとか、
Y無しでは生きてゆけないだとか言った内容がびっしりと書かれていた。
だが、ある日を境に内容に微妙な変化が起こっていた。

「あの女さ、俺に作った食事に少しずつ自分の一部を紛れ込ませてたんだよ。
爪や髪や血なんかをさ」
日記には今日はカレーライスに極小に刻んだ髪を入れただとか、
ステーキに血を沁みこませただとか書いてあったらしいのだ。
別れると切出したその日から。
最後には「これでやっと一緒になれたね」と書いてあった。
「俺もばかだったよ。味の変化に気づきはしたんだけど、
料理自体豪華になってたから全く気づかなかった」
そう言ってYは泣きそうな顔をしながら話す。
「あいつが死んでからなんだよ。食べても食べても腹が満腹にならないのは。
もしかして俺の中にあいつがいるのかもな」
そう言って笑ったYの歯茎には黒い髪の毛が絡みついていた。
虫歯やヤニでは無く髪の毛だった。
僕はそれからYの顔が直視できなくて外を見ながら話をしていた。

うちはアパートの一階で玄関を出てすぐ目の前が自分ちの駐車場になっている

Posted on 11月 17, 2016

うちはアパートの一階で玄関を出てすぐ目の前が自分ちの駐車場になっている。
ある日、車に乗り込もうとしたら車のボンネットのあたりから年配らしきしわがれた女性の声で「さとうさん・・」と呼ぶ声がした。
(ちなみにわたしの名前はサトウではない)
まわりには誰もいないのに。
はっきり聞こえたのにおかしいなと思ったけど、すぐに忘れてしまった。数日後、家の中で子供とボール遊びをしていたら、玄関を背にしていたわたしの後ろを子供が指差して「誰かいる」と言った。
振りかえっても薄暗い玄関には誰もいない。ゾッとしたけど怖くて「どんなひとだった?」と聞けなかった。
もし年配の女性だったらと思うと・・・。

父方の祖父が亡くなった時、2000年の話。

Posted on 11月 15, 2016

父方の祖父が亡くなった時、2000年の話。
じいさんは俺が生まれる前から心臓に持病を持っており、
苦しんだ末に脳梗塞を引き起こして最後は眠るようだったらしい。
当時俺は大学生で実家を離れて県外で一人暮らしをしていた。
半年くらい前から長くは持たないと聞かされていたので、
心の準備はできていたのだが、やはりショックだった。
じいさんは読書が趣味で、谷崎潤一郎を愛読していた。
俺も読書は好きだったから、よくじいさんに谷崎を借りて
読んでいた。
古い全集で、旧仮名遣いで、じいさんの手垢がついてる本。
そんなレトロで時代がかった雰囲気が好きだった。

ばあさんが棺おけに「細雪」を一緒に入れた。
谷崎の中でも一番好きだったからだ。
俺は形見分けとして「痴人の愛」を貰った。

じいさんが亡くなって半年ほどたったころ、
夜寝付けなっかった俺は「痴人の愛」を読んだ。
すでに何度も読んでるから、適当に流していたのだが、
読み終えるころにはだいぶ明るくなっていた。
そろそろ寝ようと思っていたところに、親父から電話があり、
ばあさんが亡くなったことを知らされた。
寝たまま死んだようで、いわゆる大往生だ。
ばあさんは叔父夫婦と住んでいたのだが、
朝、叔母さんが様子を見にいったいたら冷たくなっていたそうだ。

それからまたしばらくして、そろそろじいさんの命日だなあ、
なんて思いながら、また「痴人の愛」を読んだ。
今度はしっかりと時間をかけて読んだ。
読み終わってから2時間ほどたった時、また親父から電話があった。
叔父さんが心臓発作で亡くなった。
俺はばあさんの時の事を思い出したが、偶然だと思った。

偶然だと思いながらも、俺はその偶然性を証明したくて
何度も「痴人の愛」を読んだ。
読み終わった後、数時間たったころに電話が鳴った。

簡単に纏めると次のようになる。
まずはばあさん(老衰)
次に叔父さん(心臓発作)
いとこの長男(叔父の娘の子供、交通事故)
別のいとこの子供(叔父の息子の子供、流産)
叔母さん(叔父の妹、親父の姉、脳梗塞)
最後に親父(心不全)

これらの親戚が1年半ほどの間に急死した。
もう偶然とは思えなかった。
父方の親戚は俺ら兄弟といとこ数人と叔母(叔父の妻)しか残っていない。
俺が「痴人の愛」を読むたびに親戚が死ぬ。
俺はじいさんにもらった「痴人の愛」を本棚の奥に
普段見えないように置いてある。
捨てたり、焼いたりも考えたが、どうしようもなく怖くてできない。
一応お払いはしてもらった。
このストレスで10キロくらいやせた。
(もともとデブだったからちょうどいいくらいだけど。)

じいさん、ばあさん、叔父夫婦がすんでいた大きな屋敷には
今、叔母さんが一人寂しく生活している。

そういえば、じいさんはこの叔母さんと仲が悪かったんだ。