よく冷えた冷酒を二合程飲んで俺は、次の料理に目をやった。

Posted on 10月 30, 2015

 よく冷えた冷酒を二合程飲んで俺は、次の料理に目をやった。
「もみじおろしを乗せてポン酢をかけた白子の湯引き」
 おれの好物である。
 この店の板前は俺の学生時代からの友人で、料理の腕前は確かである。
 この男の招きで今日の晩飯は、彼の経営する割烹料理屋でとあいなった。
 何か相談事でも有るのかと思って来てみたが、特に何を話すでもない。
「今日は奥さんは?」
 いつも店を一緒に切り盛りしている。奥方の姿が今日は見えない。
「あぁ、今日はちょっと・・・」
 口ごもるような感じで歯切れが悪い。
 先月来た時は、奥方が御懐妊と言う事をこの男から聞いて。
 おれと一緒に乾杯したものだが・・・。
「ん、この白子は変わった味がするな」
「気づいてくれたか?ちょっと手に入らない特別な材料を使ってみたんだ。お前、それ、好きだろう。それを食わせてやろうと思って今日は呼んだんだよ」
 こいつは、昔っから黙って何か世話を焼いたり親切をしてやるタイプなのだ。
 決して恩着せがましく言ったりしない。だから付き合いが続いているのだと思う。
 この男の奥方ともおれは良く知った仲である。この夫婦は、傍から見ると非常に仲が良く見える。
 妻と折り合いが悪くてむしゃくしゃして誰かと話したかったのだろう。それが証拠に、この白子はあまりうまくなかった。

 その夜俺は、自宅であるアパートに帰ってウイスキーのボトルを半分ぐらいラッパ飲みであおって、早々に寝床に潜り込んだ。
 誰構う事無い一人暮らしは、気楽でいい家族なんか抱え込む奴はバカだ。
 嫁さんの機嫌を伺ったり、夫婦喧嘩の憂さ晴らしに他人を巻き込むなんてまっぴらだよ。などと考えながら俺は、眠りに落ちた。

 妙にリアルな夢を見ている。
 奴が怒鳴っている。
「それは俺の子供じゃないのか?なんでなんだ?」
「俺より奴の事を愛しているんだろ?お前の裏切りは許さない!」
 俺は夢の中で奴に謝り続け、そして恐怖した。
 やがて、奴は、いつもカウンターの中で器用に使っている包丁で俺に斬りかかって来た。
 俺は、夢の中で気絶する。そして、また夢の中で今度は激痛によって目を覚ます。
 俺の肩口で、ノコギリが音を立てて何かを切り離した。
 俺の腕である。
 そこで俺は、また夢の中で気を失った。

 翌朝 おれは、目を覚まして五体満足なのを確認した。
「大丈夫だ・・・」
 まだ全身がなんとなく痛む。変な夢を見た。
 奴の奥方と俺は、確かに、まぁ、そう言う関係だ。
 その罪悪感からあんな夢を見たんだろうか?
 おれは、どっちかと言うと嫌な奴で他人の痛みなんて屁とも思わない方なんだが。
 寝床から起き上がって、リタリンと言う抗鬱剤をウイスキーで所定量以上流し込む。俺は、元々躁うつ病の気が有るのだ。
 シャワーを浴びて今日の現場に出動だ。
 おれの仕事は、色んな業界の著名人からインタビューを取って、業界紙に記事を書く事なのだ。
 今日の現場は、某農業大学の研究室だ。そこの教授に有り難いお話を聞いて記事をでっちあげる。

 研究室に着くと助手の学生が教授の所に案内してくれると言う。
 大学の一角はさすがに農大だけあって、きれいに手入れされた畑になっている。
「あそこです」
 鶴のようにやせた白髪の老人が、地面に鍬を振り下ろしていた。
 挨拶もそこそこに、今日のテーマは「医食同源」と言う事で話し始めた。
「よく俗説で、自分の具合の悪い部分の肉を食べればいいって言うでしょ?」
「ほぅ、」
「例えば目が悪い人は、鯛や鮪の眼肉を食えとか」
「有りますね。リュウマチで手が上がらない人に熊の手とかね」
「あれは効果が有るんでしょうか?」
「有るのも有れば、無いのも有ります」
「けど、同じ哺乳類なら、大体同じ成分で臓器が作られてるだろうから、
体を構成する要素を多くとると言う点では、理にかなってそうですが」
「まぁ、単純にはね。そうなんだけど、例えば髪の毛を食べれば髪が濃くなるなんて事は無
い訳で」
「そうですね。」
「しかし、外国の例で言うと興味深い事実が有るんですよ」
「へぇ、どんな事が有ったんですか?」
「南洋の人食い土人の話では、人間の脳みそを食べると賢くなるって言うんです。他所の部
族の兵士を殺してその脳みそを食べると相手の作戦が読めるようになる。こう言うんですね。
その他にはアメリカで連続殺人鬼がやはり、殺した女性を調理して食べておったと。そうする
と自分が殺される妄想を抱くようになった。殺せば殺すほど殺される恐怖を味あうわけですな
。これから考えると共食いの場合は細胞レベルでの消化が出来ずに、神経細胞や脳内物質
が消化器官から本来の持ち場へ帰って元の場所でやっていた様に働いてしまう。記憶ごと運
ばれてしまう・・・。どうされました?」

おれは、涙が溢れて止まらなくなっていた。

海底洞窟探検のダイバーの話。 男性ダイバー2人と女性ダイバー1人で海底洞窟を探検している。

Posted on 10月 29, 2015

海底洞窟探検のダイバーの話。
男性ダイバー2人と女性ダイバー1人で海底洞窟を探検している。
しかし途中で男性ダイバーの一人が異変に気付いた。女性ダイバーの姿が見えない!
緊急事態だったが二人で探すのは時間が掛かるし酸素が十分にあるというわけでも無いので危険だ。
その為一度引き返してから大至急捜索のチームを送る事にした。
そして行方不明となった女性ダイバーというと、洞窟上部に空気を貯めてそこに頭を出して非難していた。
ライトや電子機器類は壊れ、自力で脱出する事は不可能だった。そこは闇と静けさに包まれた世界。
不安と恐怖で精神がおかしくなってしまいそうな状態だった。
しかし数時間後下のほうから光が照らされた。捜索のダイバーが到着し彼女は救出された。

そして彼女は普段どおりの生活を始める。しかし変わった事が一つある。
この頃は丁度真夏で皆は 「暑い暑い」と言っているのに彼女は暑さを感じる事が無くなっていた。
それどころかむしろ寒い位だった。
そして日に日にそれはエスカレートし、真夏なのにストーブをガンガンにして部屋で過ごすようになった。
しかしそれでも身体は暖まらず寒さで震えるほどになっていた。
そしてそれに加えてまた新たな症状が現れ始める…彼女は無性に息苦しさを感じるようになっていた。
彼女は「これはきっと何かの病気だ…明日病院へ行こう…」と思いベッドに入るが、
その日はあまりにも息苦しく呼吸困難とも言える状態で、何度深呼吸しても息苦しさから逃れる事は出来なかった…
そして意識が遠のくような感覚と共に目の前が真っ暗になった…そして恐ろしい現実を知る。

そこは闇と静けさに包まれた世界。酸素残量ゼロのボンベを背負った女性が一人

これは俺がちょっとした病気で1カ月ほど入院してた時の話だ。

Posted on 10月 28, 2015

これは俺がちょっとした病気で1カ月ほど入院してた時の話だ。
当然のことながら、命にかかわる病でもないし政治家の先生でもない俺は
個室ではなく大部屋で1カ月を過ごすことになった。

すると、自然と同じ病室の人と仲良くなったりするものである。
俺は隣のベッドの69歳の老人とよくおしゃべりをするようになった。
老人の名前を「渡邊」とする。
ある日、渡邊さんが着替えてると、俺は渡邊さんの体に傷のようなものがあることに気付いた。
「その傷はどうしたんですか?」
と尋ねると、渡邊さんは昔話を始めた。

今から48年前、渡邊さんが大学生だった頃
女関係でいざこざがあったらしい
渡邊さんともう一人の男で一人の女を取り合うことになった。
結局、渡邊さんのほうに軍配が上がった。
だが、ある日渡邊さんが友達と遊んでいる最中に女が交通事故で死んだそうだ。
当時はまだ携帯電話もない時代。女は渡邊さんの名を呟きつつ無念のまま息を引き取ったそうだ。
それを恨みに思った男は渡邊さんを刺したというのだ。
「それじゃあ、その時の傷なんですか?」と聞くと
「まだこの話には続きがある」と渡邊さんは言った。
男は渡邊さんを刺して恨めしげにこう言い放ったらしい。
「急所は外しておいた。俺はこの後逮捕されるだろう。
だが、俺は出所したらまたお前を死なない程度に殺しに行く。
そして逮捕される。でもまた出所したらお前を殺しに行く。ずっとだ」

男の予想通り、男は次の日に逮捕された。
殺人未遂だが初犯で反省しているとのことで
執行猶予がついたそうだ。
その執行猶予中に男は宣言通りに渡邊さんを刺しに行った。
執行猶予中の犯行ということで実刑がついた。

「へぇ…そんなこともあるんですね」
と相槌を打つと、渡邊さんは目をまん丸くして
「まだ話は終わってない」といった。

その後、就職した渡邊さんはそんなことも忘れて
仕事に打ち込んでいた。
8年の月日がたち、肌寒くなってきた時期にそれは起こった。
出所した男が性懲りもなく現れ、男を階段から突き飛ばしたのだ。
さすがに3回の殺人未遂、男は懲役16年の実刑判決を食らった。

もう分かると思うが、14年後
模範囚として出所した男は
渡邊さんを殺そうと刃物を購入し
一人暮らしでさびしくコンビニ弁当を食べていた
中年リーマンだった渡邊さんを刺した。
傷はその時のものだというのだ。

「恐ろしい男もいるもんですね、もしかして
それで入院を?」
「いやいや、今回はつまらん胃潰瘍だよ」
渡邊さんは豪快に笑った。
「それで、男はどうなったんですか?」
と尋ねると
「懲役26年を食らったよ。無期懲役にしてほしかったがね。
さすがに、4回目ということで模範囚として刑期の短縮は
もうないだろうと検事さんも言ってたけどね」
「え、それって…」
と俺がつぶやくと、渡邊さんの顔が真っ青になった。
「いや…それはないだろう…」
さっきの豪快な笑いとは打って変わって小さく笑った。
そのとき、看護師が渡邊さんを呼んだので話はそこで終ってしまった。
残念なことに、その日は俺が退院する日でもあった。
風の噂では渡邊さんはその後、病院の階段から滑り落ちてうちどころが悪くて死んだそうだ。

まさか…ね

呪いの成果

Posted on 10月 27, 2015

372 :本当にあった怖い名無し:2010/08/20(金) 02:53:34 ID:6KRD81H8O
空気読まず携帯から失礼。
普段ROM専で投稿は初めてだから不備があったら申し訳ない。
因みに全く怖くなく微妙だが、妙に忘れられない話。思い出しながら書いてたら長文になってしまった。
私が小2の頃、クラスを仕切りたがる女子がいた。その子を仮にAとし、その頃仲の良かった友達をBとする。

当時クラス中でAを中心に呪いが流行っていた。私やBも例外ではなく、Aに手や腕に赤ペンで簡素な魔方陣というか印や線を書いてもらい楽しんでいた。今思えば胡散臭さプンプンだが当時は誰も疑ってなかったし、担任も特に問題はなかったのでガキの遊びと黙視していた。
呪いはテストの点が良くなるとか有りがちなものから霊が見えるというものまで結構あった気がする。しかも定期的に呪いをしなければならなくて、私達はほぼ毎日Aに書いてもらっていた。確か私達がやっていたのは霊が見えるってものだったと思う。

ある日私は夢を見た。運動会中に運動場の隅で何をしたかは忘れたが、何かしたら突然B29みたいな戦闘機が現れ周りはあっという間に火の海。街も無惨な姿になって私は家族とA一家と瓦礫の下で戦闘機が去るのを必死に願っていた。
あまりにリアルで怖かったので翌日Bに夢の話をした。そしたらBも同じ夢を見たと言ってきた。吃驚して細部を聞いてみたが、全く同じものだった。
私達は呪いの成果だと興奮気味にAに夢の話をしたが、Aは多少引いたような微妙な反応だったのを覚えてる。

373 :本当にあった怖い名無し:2010/08/20(金) 03:08:46 ID:6KRD81H8O
そんなことがあったある日、給食前の手洗いを律儀にしていた私達は生徒で溢れた手洗い場で順番を待っていた。
ふと何か違和感のようなものを感じて横を振り向くと、Bの数歩後ろの位置に泡で出来た人の形をしたものがいた。
人と分かる明確な線はなく中心部から人の形に広がってプチプチと泡が消えていくというか…説明が難しい。とにかく明らかに人でも霊でもないものだった。

怖いとかはなかったが泡人間の後ろにある女子トイレや、トイレから出てくる子達が透けて見えたりしていた。
特にスロー再生とかなってるわけじゃないのに周りの音が聞こえなくなって時間が止まったような感覚だった。そして気が付くと泡人間は此方に向かってゆっくりと歩き出していた。

374 :本当にあった怖い名無し:2010/08/20(金) 03:14:30 ID:6KRD81H8O
長くてごめん、これで最後
あ、と思った瞬間に後ろにいた子に手を洗うよう急かされた。我に返って泡人間の方を見てみると何もなかったし、周りの音も普通に戻ってた。

急いで手を洗ってBにこの事を言うと、Bは手を洗ってる私の後ろに火で出来た人がいたと言っていた。それらは霊だと思わなかったが私達は着実に霊が見えるようになってきているのだと興奮した。
Aにもこの事を言ったら、霊が見えるまであと少しだと言われ特別な印を書いてもらった。

結局のところ、私達が見えたのはこれだけだった。
それから変なものが見えるという子が出てきて親も何か言ってきたのか問題になり呪いは打ちきり。
呪いはもともとAがクラスの中心になりたいが為に作ったものだったようだった。
その後すっかり冷めて呪いもやらなくなったが、もしAの呪いを続けてたら何かが見えてたかもしれない。

微妙ですまん、ふと思い出した泡人間が不思議で気になって仕方なくなったので書いてみた。
今は全くの零感です、たぶん。

375 :本当にあった怖い名無し:2010/08/20(金) 03:27:45 ID:6KRD81H8O
>>372 A一家ではなくB一家。
A一家も一応幼なじみなので面識はあるが夢はB一家だった。
因みにAもBも今は疎遠、私はヒキニートで変態

私は動物好きだ。でも友人は、「それは違う」と言う

Posted on 10月 27, 2015

898 :本当にあった怖い名無し:2008/05/08(木) 00:21:08 ID:lKlWGRUk0

私は怖くないけど、友人が怖い怖いと言うので自分をネタにしてみる。

私は動物好きだ。でも友人は、「それは違う」と言う。

特に小動物が好きで、手にふわふわした毛皮の感触があるのが楽しい。

大学で実験用のネズミを掴んだときは、もぞもぞ動くのが可愛くて撫で回してた。

そしたら友人が、「何やってんの?メチャメチャ苦しがってるじゃん!」と言ってひったくられた。

なるほど、友人の手に移ったネズミは大人しくなった。

掴み方が悪かったのかと次のを掴んだら、やっぱりじたじた動いてた。

楽しかったから、今度は友人に渡さずに堪能してたら、凄く気味悪そうに見られた。

「誰が見ても、首を絞められて苦しんで暴れてると分かる様子なのに、何ひとつ感じないで笑ってる私が怖い」

と言っていた。

別に首を絞めたつもりはなかったし、手触りが気持ちよかったから夢中で気づかなかった。

実家に帰省したら、親が猫を飼ってた。

可愛いなと思って近寄ったら逃げた。

捕まえて抑えて撫で回してたら叱られた。

私は遊んでるつもりだったが、猫は本気で苦しがってたらしい。

ついでに言うと、私は赤ちゃんも好きだ。

でも、友人宅で抱かせてもらったら、赤ちゃんが泣き喚いて、慌てて抱き取った友人は、2度と触らせてくれなかった。

抱えてただけのつもりだったけど、何か変な持ち方してたらしい。

で、今妊娠中。

友人に話すと、何だか皆が奇妙な顔になる。

さすがに自分の子くらいちゃんと育てられる、と思いたいが、ちょっぴり不安になる今日このごろ。

3年ほど前の話。時刻は夜8時くらいで、 当時の彼女と携帯で話してた

Posted on 10月 26, 2015

3年ほど前の話。時刻は夜8時くらいで、
当時の彼女と携帯で話してた(俺は自宅からで彼女は歩きで会社帰り。公園を横断中だった)。
他愛もない話をしていると、いきなり

うぎゃぁぁぁあぁぁっぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

という女の絶叫が電話から聞こえ、切れた。
俺はてっきり彼女が痴漢にでもあったかとビビリ、すぐかけ直した。
電話はすぐ繋がり「どうした?」と聞くと、「いきなり電話切れたね」と彼女。
「そうじゃなくて、今すげー声で叫んだろ?」と聞くと「?????全然何も言ってないよ」とのこと。
彼女はどちらかというと怖がりだし、その手の冗談を言うようなヤツではなかったので、マジでビビッた。
以前公園で何かあったのか、電話に何か紛れ込んだのか、さだかではない。

今ではその町を通る路線バスも廃線になったそうだ

Posted on 10月 25, 2015

堀越君が高校生の時の話だ。
 彼の地元は新潟県だが、「新潟の最果て」と堀越君が表現するくらい田舎だったそうだ。

 塾の帰りだった。
 繁華街にある塾からバスで一時間半。
 ほぼ終点である最寄のバス停に到着し、堀越君は歩いていた。降りる人は堀越君だけだ。それぐらい田舎だ。
 街灯は少なく、人もいない。
 冬の寒さからか、少ない住民もみんな家に篭っている。

 深海を思わせるような静かさだった。
 寒さに震えながら家路を急いだ。
 狭い道路を、チョウチンアンコウのように輝くバスがのっそり横を過ぎていく。
 堀越君は携帯から顔をあげた。
 バス後部座席の窓に女性らしき何かがべったり貼り付いていた。
 胸元を真っ赤に染めたワンピースを着ていた。
 耳から上が切断されていたが、口は何事かしきりに叫んでいるように開閉していた。
 それは見えないせいか、しきりに窓を引っ掻いていたという。

 堀越君は携帯に視線を戻し、『僕は何も気づいてません。知りません』と念じながらバスをやりすごした。
 高校卒業まで二度とそのバスに乗らず、自転車で三十分かかる最寄り駅を利用したという。その後は上京し、街には年に二度の帰省のみだ。
 今ではその町を通る路線バスも廃線になったそうだ。

30年程前から地元の駅前に夜になるとたまに現われる占いの婆さんがいた。

Posted on 10月 24, 2015

30年程前から地元の駅前に夜になるとたまに現われる占いの婆さんがいた。

その婆さんの占いはよく当たると評判で、地元の人間達は彼女を「サリーさん」と呼んで親しんだ。

※(魔法使いサ〇ーが由来と思われ、某メリーさんとは関係ない)

いつも閉店後の銀行の前に簡素な机と椅子、そして提灯に「目」のマークと「3千エン」の文字。
サリーさんの占いは「道具」を使わない。
相手の顔を黙って見つめるだけで占うのだ!

何よりも変わっているのはサリーさんは耳が全く聞こえないという事。
だから相手の相談を聞く事も出来ないし、喋る事もできない。

客は黙ってサリーさんの前に座り、3千円を支払う。
そして2~3分サリーさんが客の顔をニコニコしながら見つめた後、
あらかじめ用意してあった茶色い封筒が渡される。
サリーさんは封筒の上にマジックで「開封日」を書く。
これで占いは終わり。

だがルールがあり、たとえば開封日を「四月二十日」と書かれたらその日まで封筒は開けてはならない。
おそらく運命を先に知ってしまえば占いは成立しなくなるという所か。

・・・これが「サリーさんの占い」です。

さて・・・サリーさんの封筒の中にはどんな事が書いてあるか?

例としては
「急な出費があり困るが借金をしてはならない。金は二階の寝室の本棚にある。
捨てようと思っている雑誌の間を探してみなさい。」
とか
「家出した猫は今夜帰ってくる。縁側のガラス戸を少し開けておきなさい。
さもなければ近い内に轢死する。」
とか
結構具体的で、よく当たる。
なぜ?まるでその人が占いに来るという事ですら最初から分かっていたかのようだ。

・・・さて、ここからが洒落怖話になるんだが
実は私も今から10年以上前、サリーさんに占ってもらった事がある。
友達と二人でそれぞれ占ってもらった。

私の封筒には「七月九日」
友人の封筒には「七月八日」と書かれていた。

その時まだ4月だったので、開封日はまだまだ先であった。
・・・しかし!アホの友人Bは、あろう事か、待ちきれずすぐに封筒を開けてしまった。

封筒の中には白い紙切れが一枚。
・・・何も書かれてはいない。
「だまされた!!」
友人Bは怒って、封筒と紙切れを丸めて捨ててしまった!
(まあ高校生にとって三千円は大金だけどね~)

そしてBは、私の封筒も見せろ!と要求してきた。
だが冗談じゃない!この罰当たりめがッ!お前だけ呪われろォ!
と断った。しばらくは私も開封日「七月九日」を指折り数えてドキドキしていたが
・・・やがてそんな事忘れてしまった。
・・・そして「七月九日」その日Bは昼近くなっても学校に来る事は無かった。
職員室が慌ただしい。
四時間目の授業は自習になった。
・・・どうやらBが通学途中にバイクで事故ったらしい!
交差点で左折トラックの内輪差に巻き込まれて、
そのまま運転手は気付かずBを引きずったまましばらく走行。
Bは顔面をアスファルトに削られ重体に!
・・・!!
その時私は思い出した!
「サリーさんの封筒」
・・・今日が私の開封日!
きっとBの封筒には
「事故を起こすから、しばらくバイクに乗るな」
とでも書いてあるはずだったのかも知れない。
そんな事を考えると恐ろしくなって、私はたまらず急いで家に帰った。
・・・「サリーさんの封筒」を開けなければ!
・・・Bはおそらくサリーさんを無視したために死ぬだろう。
・・・俺はイヤだ!死にたくない!!

家に帰った私はメリーさんの封筒を引き出しから取出した。
開封日は「七月九日」今日である事を確認した私は封筒を開いた!
・・そこには便箋が一枚。
年寄りが書いたと思われる、震えた文字でこう書かれていた。
「友達は事故を起こす運命。もう元にはもどらない。」
・・・私は涙と震えが止まらなかった。
サリーさん・・・あなたの占いは当たってます。
でも!彼を救う方法は無かったのでしょうか?
私はBはもう助からないんだなという事をこの手紙から悟り
しばらく学校を休み恐怖と悲しみに震えて過ごした。

後日談
Bの事故から三ヵ月が過ぎた秋の日。
私は日本の医療技術の素晴らしさを知る。

わがクラスに、カールスモーキー石井似のイケメンがやってきた。
・・・だが転校生ではない。

何と彼はあの日事故で顔面をグチャグチャにしてしまった
・・・B本人だった!

顔を失ったBは、整形手術により、別人の男前になって退院してきやがった!
サリーさん・・・あなたの占いは当たってます。
「もう元にはもどらない」
・・・顔がw

何故か夜間爆撃に来たB-29のかなりの数が山に激突をしていた

Posted on 10月 23, 2015

305 : 本当にあった怖い名無し[sage] : 2008/03/15(土) 14:06:06 ID:/yyzSw9U0
戦時中の話なんだけど、実家の近くにある山は本土空襲が始まると、
何故か夜間爆撃に来たB-29のかなりの数が山に激突をしていた。

墜落ではなく何故か山腹に衝突していたそうだ。
激突は夜間だけで山地にエンジン音が響いて、しばらくするとドンという衝撃音がし、しばらくすると赤く照らされていた。
知られているだけで8機は激突。

その山のあたりが爆撃機の飛行コース(例えば硫黄島から東京を目指す時に富士山をランドマークにしていたように)であったわけでなく、
普段は敵も味方も航空機が飛ぶ事はまずなく、B-29が襲来して初めて爆音が聞こえると必ず山に激突するようになった。

何の変哲も無い山で、もっと高い山が並び、そこだけ高いわけでもない。
大阪への大空襲の日には一晩で3機も激突するんで不思議がられていた。
山が半分が燃えるぐらいの火災になって山火事の危険があったぐらいの状態なのに飛び込んできたという。
しかも山陰地方で大阪とは離れている。

周囲には空襲の目標となるようなものはないし空襲とは無縁の地域だし、
当然だけど軍の施設もないし、戦闘機部隊や地上防空部隊などいない。
進路目標となるようなランドマークもないし、たかだか標高600m程度だから、夜間爆撃の作戦高度としては低すぎる。
結局、終戦になるとそんな事はぱたりとやんでしまった。

衝突するたびに猟銃を担いで周辺住民が日が明けると探索したらしいけど
何体かは遺体を回収したけど、生きていたものはいなかったそうだ。
軍から視察がきたそうだが、その地域以外では特に騒ぎにならなかった。
戦後に自治体が郷土史の編纂で調査し、残骸をみつけて回収した部品や
金属片や書類などが郷土資料館に展示されている。

別に寺社があるとか、信仰されているとか、伝説とかそういうものは全く無いしそもそも山深い所だから人もほとんど近寄らない。
昔は炭焼きや猟師が入ることもあったけど、別に怪異などはない普通の山といっていたそうだ。

結合双生児って知ってます?

Posted on 10月 22, 2015

私が知っている死ぬ程洒落にならない怖い話です。 
長いので、いくつかに分けますが、出来れば全部は、書きたくないのですが・・・・・

結合双生児って知ってます?
一卵性双生児で、ごく稀に卵子の分裂が不完全な状態で成長し、
体が結合したまま出生される事があり、この出生形態の双生児は
結合双生児(シャム双生児)と言われます。
シャムとはSiamで、昔、タイのSiam王朝と関係があります。 
というのは、タイを中心に、なぜか、この地域には結合双生児が
生まれる確率が高かったのです。 また、つい最近まで、タイでは、
分離手術の技術も無く(ベドちゃん、ドクちゃんは日本で分離手術を
しましたよね)、結合されたまま、大人に成長するという例もしばしばありました。

1950年頃、バンコクで、腹部結合の、女の子の結合双生児が生まれ、
ピムとプロイという名前が付けられました。

向かって、ピムが右側、プロイが左側で、腹部、および内臓器官の一部が
結合しているだけ状態で、その他、四肢などは全く正常の状態でした。 
一卵性双生児なので、赤ちゃん、幼児期は、見事にそっくりな顔つきで、
かわいい女の子でした。 普通に生まれてくれば、二人とも、本当に幸せな
人生を送るはずでしたが、神様のいたずらで、結合したまま、大きな試練を
背負わされて、この世に送り出されたのです。

二人は仲がよく、いつも笑っていました。
歩けるようになると、互いに助け合って、歩き始め、ハンディを背負わされたという
意識など全く無く、すくすくと育ってゆきました。 母親は、結合双生児を
生んだこと、ハンディを背負わしたことに、常に苛まれていましたが、仲のよい二人を
見ると、本当に救われたと思いました。

タイ社会では、結合双生児がしばしばありましたが、社会では、やはり好奇の目で、
見ることが多かったのです。 特に、子供社会は残酷で、学校に行き始めるように
なると、化け物、四つ足などと、子供にからかわれることが多くなりました。

赤ちゃんの頃は、全く同じように見えた一卵性双生児でしたが、成長するに従って、
性格・体力にわずかな差が出てきました。 左のピムは、明るくて健康でしたが、
右のプロイは、少し暗い性格で、体も弱かったのです。 苛められた時は、
プロイは泣き出してしまいましたが、ピムが励まし、私たちは、仲良しだから、
何時までもずっと一緒にいようねといっていました。 プロイが風邪を引いて、
苦い薬を飲むのを嫌がっている時は、ピムが自分の口に、薬のスプーンを持っていって、
苦い薬を飲んであげました。 母親は、そんなピムをいとおしく思い、医者へは、
できれば、今のうちに切断手術をして、ピムだけでも、生かして欲しいと話を
していました。 しかし、ピムは、切断手術をうけいれませんでした。 
今、切断すれば、プロイが犠牲になることをうすうす感づいていたのです。
ピムは、プロイに約束しました。 ずっと一緒だよ、死ぬまで一緒だよって。

そうして、月日が流れました。

25歳になったピムは、きれいな大人に成長していました。
ただ、ひとつ、体に傷があります。 そうです。 腹部に切断手術の跡が、
縦50cmほど残っていたのです。 プロイは、8年前に死亡していました。

ピムには、ジェイというハンサムな恋人がいました。
ジェイは、ピムとプロイが17歳の時に、入院していた病院で知り合ったので、
ピムの過去も全て知っており、それを受け入れて、恋人として付き合っています。
新鋭の建築家で、今は、二人で、ロスに住んで、多くの友人と、楽しく生活を
していました。 そこへ電話があったのです。 「バンコクの母が危篤です。」

二人は、急いでバンコクへ戻ることにしました。
まず、急いで病院へ駆けつけると、眠っていた母が、急に驚き、ピムを見て、
がたがた震え始めました。 まるでピムの後ろに何か、恐ろしいものがいるように・・・

病院を後にした二人が、昔住んでいた家に戻ると、そこは、10年前から、
時間が止まっていました。 クローゼットには、ピムとプロイのお揃いの洋服、
靴がならんでおり、二人が一緒に座れるように、特別に作った鏡台もそのままでした。
その鏡台の引き出しには、プロイが使っていた眼鏡も残っていました。

その夜からです。 不思議なことが起こり始めたのは。
明らかに、ピムは横に誰かがいるような気配を感じます。 
寝ていると、横で、寝息が聞こえる、ピムを見て、犬がけたたましく吠える、
また、昔からいるメイドさんも、ピムの顔を見るなり、引きつったような顔になり、
消えてしまうなどの、不思議なことが起こります。 ピムは、思い出していました。
あの約束を、「ずっと一緒だよ、死ぬまで一緒だよって。」

ジェイは心配して、ピムを精神科の医者につれてゆきました。 精神科の医者は、
あなたが、見えるように錯覚しているのは、あなたの頭の中にあるイメージで、
原因は、あなた自身の心の中にあるものと説明しました。
しかし、ジェイも見たのです。ピムが座るソファの横がへこんでいること、
ピムがソファから立ち上がると、すぐ横のへこみも、元に戻ることを。

ジェイは、二人が結合双生児の頃に、病院で、ピムと出会っています。
絵が好きで、よく二人の絵を描いていました。 モデルは、ピムが右側、
プロイが左側でしたが、全ての絵は、ピムだけを描いていました。
プロイは無視していたのです。
しかし、彼は、今見たソファのへこみは、確かに、ピムの右側にあったのでした。

ピムは、相変わらず、プロイの幻覚におびえていました。
寝ていると、横には、あきらかにプロイの雰囲気が感じられます。
それは、日に日に、強くなってゆきます。 
ピムは、半狂乱になり、クローゼットにあったお揃いの服・靴、写真など、
すべての結合双生児時代を思い出させるものを持ち出して、ジェイに頼みました。
「全部、焼き捨ててしまって、もうたくさんよ。」

そしてしばらくして、容態が安定していた母が、急死してしまいました。
目を見開いたまま、恐ろしくおびえた表情のままの死に顔です。 
ピムは疲れ果てて、涙も出ない状況でした。

ジェイは、ピムの代わりに、母親の葬儀を行いました。
そして、一段落すると、ピムに言いました、「明日、ロスへ戻ろう。」
ピムは、これでプロイの亡霊から逃げ出せる、ありがとうとジェイに感謝しました。

その夜、ピムがシャワーを浴びていると、落雷があり、電気が消えてしまいました。
真っ暗なシャワールームで、ピムは気が狂ったように、ジェイ、ジェイ、
何処にいるの、早く来て、と泣き叫びました。
そう、ピムには、はっきり見えていたのです。 横にプロイがいるのが。
そこへ、懐中電灯をもったジェイが現れました。ピムは泣き叫んで、ジェイに
飛びつきました。 「怖い、怖い、プロイがいる。」

ピムと、ジェイにはひとつの約束事がありました。
それは、切断手術の跡を見て欲しくないとのことです。
セックスをするときも、寝るときも、ピムは、腹部を常に、
コルセットで隠していましたし、シャワーは必ず一人で浴びていました。

ジェイに飛びついたときに、電気がつきました。
初めて、ジェイはピムの全裸姿を見たのです。 
腹部の切断手術跡も、しっかり目に飛び込んできました。 
しかし、その跡は、彼女の左わき腹についていたのです。
ジェイは、昔、絵を書いていた時を思い出しました。
向かって、ピムが右側、プロイが左側、だからピムの右わき腹が、
プロイと繋がっていたはず。切断手術跡も、右わき腹にあるはず・・・・

そこまで考えると、急に、目の前が真っ暗になりました。
ピムが、花瓶でジェイを殴ったのです。 ジェイはそのまま気絶してしまいました。

気がつくと、昔、ピムとプロイが使っていたベッドに縛り付けられています。
足元には、ピムが眼鏡をして立っていました。

ジェイは、叫びました。 「お前は、プロイ?」
眼鏡をしたピムは笑っていました。 
「あなたが、今まで、愛してるって抱いたのは、プロイよ。」
「あなたは、ピムが好きだった、いつも、ピムを見ていた、書く絵はピムだけで、
私のところは空白だった。」
「ピムはあなたが好きだと私に言って、だから切断して欲しい、自由にジェイと
会わせて欲しいと頼んだのよ。」
「私は、死ぬまで一緒だよって約束したから、ダメと言ったのよ。
だって、私もジェイのことが好きだったから。」
「ピムと離れると、ジェイはピムのものになると思ったから、
絶対に、離れるのはいやだと」
「でも、母は、そんなピムの気持ちを察して、私を眠らせて、切断手術を
させたのよ、気がついたら、私は一人だけ、ピムは違うベッドで寝ていたわ。」
「そこで、私はピムを殺したのよ、それで、母に言ったのよ、
『死んだのは、プロイよ、事故で死んだのよ。
私はピムよ、これからピムとして生きていって、ジェイと一緒になるの。』」
「母はそれを受け入れたわ、プロイのお葬式を一緒に出したの。
その後は、あなたもよく知ってるわね。 ずっと一緒だもの。」

「あなたは、いつもの『ピム、愛してる。』って言いながら、
私を抱いたのよ、私の中に入って、果てたのよ。」
「でも、あなたが抱いたのは、プロイよ、あなたがいつも無視していた
プロイなのよ、そして、私の中には、あなたの子供までできてるのよ。」
「でも、バンコクで母に会うと、『プロイ、お前の横に、ピムがいる。』
って言うのよ。 メイドも、それをわかったみたい。」
「あまりに、私をプロイと呼ぼうとするので、母も殺したわ。
チューブを抜くだけで、簡単だったわ。」

「でも、これで終わりよ。」
「だって、ピムが約束どおり『死ぬまで一緒だよ』って横にいるんだから」

よく見ると、プロイの右側に、恨めしそうなピムの顔が見えます。
そして、プロイのおなかの傷跡から、血が出ています。
また、足の間からも、血がだらだらと流れています。
傷跡が裂け始めて、お腹から、何か、出てきました。
二つの頭が見えます、うごめきながら、出てくるのは、
血まみれになり、頭が繋がった結合双生児です。
「私の家系は、結合双生児が出来やすいのよ。
そんな血が流れている私の子供は、やっぱりそうなのよ。」

プロイがジェイに近づきます。
「あなたも、私たちと一緒よ。」
「私たちが愛したんだから、どこにも行かないで。」

ジェイの下腹部に、包丁が突き立てられ、おびただしい血が流れ始めました。
ジェイは遠ざかる意識のなかで、両側に、
血まみれのピムと、プロイが寄り添うのをはっきりと感じました。
ピムのお腹からは、血まみれの頭が繋がった結合双生児が、蠢いています。

もし、あなたがタイの死体博物館へ行って、頭が繋がった結合双生児の
標本を見たら、この話を思い出してください。
この死体標本は、その時に採取されたものです。

結合双生児が出来やすいのは、遺伝子によるものではないか、あるいは、
との米軍の枯葉剤説など、いろいろ言われていますが、タイ・ベトナムで
発生事例が多いのは、確かです。

こちらでは、一般的に、忌み嫌われる血筋が原因と、考えられており、
結合双生児ができると、秘密裏に処分するケースが多く、
実際は、かなり多く発生しているようです。

この話は、タイで映画になっています。
見無いほうがよいかと思います。