最初にトイレを使ったのは誰?

Posted on 1月 29, 2013

トイレが汚いので「ブ○ーレットおくだけ」を設置してそのまま寝た。
次の日起きてトイレで小便した後に流したら青色の水がワァーーーって便器の中に流れていってとっても綺麗になった。

良い匂いもするし、やっぱ買って正解だったな。

こんばんわ。 コケシの話が怖いみたいですね。

Posted on 1月 29, 2013

こんばんわ。
コケシの話が怖いみたいですね。

あんまり自分の出た地域のことは言いたくないんですけど…

私の田舎ではコッケさんといって、コケシのような呼び方をすると大人にそうとうおこられました。
中学生に上がりたての頃、半端なエロ本知識で「電動こけし」という単語を知ったクラスの友達が、
コケシコケシと連呼してるのを、指副担に見つかり、バカスカ殴られてました。

大学に入って初めて知ったのですけど、指副担(シフクタン)なんていう役職はほかの地域にないんですよね。

あ、指副担というのは、生活指導副担という意味で、別に何の教科を担当してたわけでもないです。
野球部のコーチみたいな感じで、毎日学校には出てくるのですが、
だいたい用務員室で茶飲んで定時前には帰るような感じでした。
学校行事の中で、踊りみたいなものは、指副担の先生が指揮をとってました。
運動会で、必ず、メイポールの祭りみたいな踊りを、伝統的にやらされてたのですが、
これは、指副担の先生の独壇場でした。
列が乱れたり、ポールから引いたリボンがたるんだりすると怒るような。
組体操よりぜんぜんこっちが大事でした。
体育教師の数倍ヤな感じでした。

高校に入って、地元の青年会に入ると、コッケさんのあらましは聞かされるのですが、
それもまぁ、コッケさんという地神さんは伝統だから、行事は守らないといけない、
みたいな感じの話で要領を得ません。

地域に大きな寺社や宗教施設がないし、中学高校にもなると、さすがに、いろいろヘンなうわさが立ってました。

・**中学の裏にある井戸が本尊で、毎年一人生贄にされる
・高校出て町に出るときは井戸に後ろ髪を納めさせられる

噂は噂でしたけど、実際私がいたころは後ろ髪を伸ばした奴が多かったです。
単なるヤンキーだったのかもしれないですけど。
今は帰らないのでどうかわかりません。

今、同郷の女の子が近くのマンションに住んでて、そのこの叔父さんが指副担やってたんですけど、
このスレで、コケシの話題が出てたのでなんか関係ありそうだったので、聞いてみました。

私たちがコッケと読んでいるのは「固芥」と書くらしいです。

明治に入ってすぐのころ、飢饉と水害の土砂崩れで、村が、
外部との交通が遮断されたままひと冬放置されたことがあったそうです。

十二月二十八日のこと(旧暦かどうか不明)、知恵の遅れた七歳の子供が、
村の地区(どの地区かは教えてくれませんでした)の備蓄の穀物を水に戻して食べてしまったそうなのでした。

その子供は村の水番が、妹との間につくった子供で
(本当かどうかはわかりませんが、水車小屋のような場所があったのですぐそういう、性的な噂が立てられた)
水番が罪を犯すと翌年は日照りになるという迷信がまだ残っていました。
水番は責任感が強かったので、子供を殺して村に詫びようとしたそうです。

実際「子供を殺せ」と書いた無記名の手紙を投げ入れるような嫌がらせが、すぐ始まったそうです。
水番に不利に扱われていた家も多かったし、
実際、穀物の管理責任は水番にあるので、そういうのがおきても仕方ない状況ではあったそうです。

年明けて、一月二十八日の深夜、いくら何でも水番が自分の息子を殺すのを容認はできませんので、
このことは村全体で考えよう、と談判していたところだったのですが、
水番の妻が泣きながら世話役の家に走りこんで来て、亭主が首を括ったので来てくれ、と言うのです。

水番の家に行くと、井戸の上に「井」の字に竹を渡して、
そこから首を吊るすようにして絶命している水番がいました。

あまりの酷さに世話役たちが顔を背けていると、くだんの息子が、傍らから、世話役の袖を引いて、
「みましたか! みましたか!」と、目をらんらんと輝かせて尋ねるのだそうです。

この子はもはや正気ではないとはわかっていました。
が、当時の解釈では、これは、水番の相反する気持ちが、
子の魂は滅ぼしても子の肉体は母のために生かしておいてやりたい、という願いになり、
親子の魂が入れ替わったのだ、というのが支配的でした。

間引きのために子供を殺したことはありませんでしたが、
このとき、村で初めて、この子供を「殺そう」という結論が出たのだそうです。

横糸を斜めに織った長い綿布で首を包んで、布に少しずつ水を吸わせて、
誰も手をかけないうちに殺そうということになりました。

しかしそこは、素人考えですので、首は絞まってもなかなか絶命しません。
子供は父と同じ顔で「誰じゃ、食ったのは誰じゃ」と声を上げていました。

恐れおののいた村人は、父が死んだのと同じように、井戸に竹を渡してそこから子供を吊るしました。

ものすごい形相でにらむので、まぶたの上から縦に竹串を通しました。
子供は、数日、糞便を垂れ流して暴れたのち、絶命しました。
その明けた年は、飲み水から病気が発生し、多くの人が命を失いました。

さらに、本当に穀物を食ったのが、この子供ではなく、
世話役の十三になる子供だったことがわかったのだそうです。
このとき、世話役は躊躇なく、わが子を同じ方法で吊るしたのだそうです。
あくる年の一月二十八日のことだそうです。

「というわけで、一月二十八日はコッケさんの日になったんですよ」
「はー、なるほど。命日なわけな」
うちで飯を食べてもらいながら、彼女(指副担の姪っこ)に、教えてもらいました。
「だから固芥忌(コケキ)っていうのが正しいんですよ。」
「運動会の行事も、意味わかると、ひどいね」
「…村人全員で子供をシめる儀礼ですからね。本来こういう形でやさしく弔ってあげたのに、という。偽善ですよね」
「うん」
(運動会の踊りは、メイポール Maypole の祭りに似てますので、知らない人は検索してもらうとどういう形なのかわかります。
中央のポールが子供です)

「…あとですね、これ、私一人で気づいたんですけど」
彼女は、ペンを取って、チラシの裏に、「芥」の字を書きました。
「おお、28やん。オレも今気づいた」
くさかんむりと、その下の八の字で、二十八と読めます。
「え?」
彼女はきょとんとしていました。

「いやだから、にじゅうとはちで、その命日を表してるんでしょ?」
「…ほんとだぁ」
「え、違うの?」
「いや、そっちが正しいんですよねたぶん」
「何よ、教えてよ」
「いや、いいです」

しばらく押し問答した末、彼女は折れて、文字を書き足しました。

「これね、縦書きなんですよ」


「目をつぶされた子供が、竹の枠に首から下がってるの、わかるでしょ?」

車好きへの復讐

Posted on 1月 28, 2013

くだらないけど書かせてください
会社の上司に復讐してやった話です
自分は別会社の出向社員でそいつはそこの現場の副所長、
ことあるごとに別の会社だからとネチネチと絡まれて精神的にまいっていました

そいつは病的と言えるほどに車を掃除するのが大好きで
残業の後に真っ暗になっても車を拭いてから帰るほどの車好きです

そして不条理なパワハラに対するストレスが限界に達した私はある休みの日、
夜遅くに私はそいつの家に行き皆が寝静まったのを見計らい
奴の車のボンネットにうんこしてきました。直に 次の日そいつは会社をやすみました。後で聞いたところ狂ったように一日中車掃除をしていたそうですw

ほっかむりのおっさん

Posted on 1月 27, 2013

夜、私と妻、義理の妹夫婦の4人で車に乗っていた時の話です。

義弟家の近所を車で走っていて、僕は左後部座席に乗って外を眺めていました。大通りを抜け、クネクネと裏道を走り、街頭が少ない住宅街を走っていました。住宅街といってもちきんと区画整理されたような場所ではなく、車一台がようやく通れるぐらいの細い道でした。

そのせいか、時速は30km位だったと思います。

細々と変わる民間、風景をボーっと眺めていました。

ボーっと…。

ふと、玄関前に小さな門のある家に向かって人が立っているのに気付きました。

見たのは時間にして1~2秒程度でしたが、通り過ぎた直後、いわれのない違和感に襲われました。

紺色っぽいジャンバーに作業ズボン。頭にはタオルをほっかむりにして。一見どこにでもいるような、仕事後の中年男性のような雰囲気。

でも一つだけ違っていました。

その男性は、お辞儀をしていたのです。確かにお辞儀をしていました。

腰からではなく、本来曲がるはずのない背骨の中間からクッキリと。

明らかに異様なお辞儀でした。不自然な所から曲がる体をハッキリと見ました。

この時、霊的というよりビックリ人間的なものを見たと思ったため、すぐさま義弟に言いました。

「すげぇー!○○君、今の見た?玄関前でおっさんがありえん角度でお辞儀してたよな!」

一瞬だけ車内の時間が止まった感じがしました。

すると義弟が言うのです。

「…○○さん、見ちゃいました?」

よく話を聞くと、義弟の近所では、「ほっかむりのおっさん」が目撃されるそうで、おっさんがお辞儀をしていた家は昔一家惨殺事件があった場所だそうで、そのおっさんはその家の主だそうです。

その話を聞いてから一気に背筋が凍りました…

初めて幽霊を見てしまった瞬間でした。

カップラーメン

Posted on 1月 27, 2013

全世界で何億杯と売られているカップラーメン。
それを常食としている若者達の間である異常が起こっているという。
それは血液である。

とある若者が献血をしようと献血ルームに行った。
献血の前の診断で若者は係員に「あなたの血は残念ながら献血することができません」と言われてしまった。
自分はこれといって引っかかる項目に該当していない自信のあった若者は係員にどうして献血をできないかをしつこく問い詰めた。
すると係員は口を開いてこう言った。
「あなたの血液には油が浮いてします。もしかしてカップラーメンを毎日食べるような生活を送っていませんか?」

貧困の国

Posted on 1月 26, 2013

918 名前:1/5 投稿日:03/02/12 18:36
私が今から話すことは、所謂「オカルト」といった性質のものではない。
しかし、私にとっては、本当に洒落にならない経験だった。
だから、かなりの長文ではあるが、ここに書き込むことにする。
霊の類の話を期待している向きには申し訳ないが、しばらくの間、我慢して欲しい。

私は昨年まで外資系の企業に勤めていた。
ある時、私に、C国へ出向しないか、という打診があった。
会社はC国に工場を所有しており、そこの技術者に日本国内の工場で採用されている
システムを修得させるのが目的の長期出向だった。
長期とは言っても、現地スタッフによる運用が可能となるまでの期間限定の出向だったし、
現地での待遇も、帰ってきてからのポストも非常に良い条件だった。
私は、少し考えた上で承諾した。

C国の工場で引継を終えた夜、私は前任者と食事を共にした。
前任者(仮にT氏としておく)は赴任してから半年後に、健康上の理由から
日本への帰国を希望していた。
目の前のT氏は、確かに頬がこけていて顔色が悪く、
心身共に疲れ切っているような印象だった。
T氏は、現地での生活について様々なアドバイスをしてくれたのだが、中でも
「倉庫の裏にある丘には決して近づくな。」というようなことを、ことさら強調した。
私がその理由を尋ねても、T氏は口を噤んだままだった。

やがてT氏は帰国し、私のC国での生活が始まった。

919 名前:2/5 投稿日:03/02/12 18:37
C国は、最近まで激しい内戦が続き、それが国民の生活に大きな影を落としていた。
工場の周辺は農村地帯だったので、破壊行為の跡などはあまり見られなかったが、
ゲリラによる虐殺や略奪は、このあたりの集落にも及んでいるようだった。
働き手や財産を内戦で失った家庭などは、日々の生活すらも全く困窮している有様だった。
そんな家の子供は、工場へと続く道端で半ば物乞いのような事をさせられていた。
また、工場に雇われている労働者には、夫を亡くした女が優先的に採用されており、
彼女らの子供は、母親が仕事を終えるまで、工場の近くで遊んでいる。
工場の周辺には、そんな訳ありの子供が大勢集まっていた。
私は、いつの頃からか、そんな子供達と仲良くなり、
昼休みや仕事がヒマな時などは、彼らの遊び相手になることもしばしばだった。

ある昼休みのことだった。
いつも工場の周りで遊んでいるKという子供が、
面白い所があるから一緒に行ってみよう、と私を誘った。
すぐ近くだから、というK君の言葉を信じて、
私は、K君と彼の妹のSちゃんと一緒に、工場の脇の林に向かって歩きだした。
しばらく木立の中を歩いていくと、急に視界が開けて、広い空き地のような所に出た。
K君とSちゃんは、そこでサッカーのようなことをして遊び始めた。
私も混ざってみたけれど、K君のボール捌きはなかなかのもので、
本気にならなければ、K君のボールを奪うことは出来なかった。
そうこうするうちに昼休みも終わり、私は職場へ戻った。

何日かして、K君とSちゃんと私は、やはりあの空き地へやって来た。
その日は、私は木陰で、ぼんやりとK君とSちゃんの遊ぶ姿を眺めていた。
ふと視線を工場の方に向けると、少し離れたところに倉庫が見えた。
そこで、以前T氏が言っていたことを思い出した。
「倉庫の裏にある丘には決して近づくな。」
そういえば、ここの地形は少し盛り上がっていて、丘のような感じがする・・・

921 名前:3/5 投稿日:03/02/12 18:38
私は近くにいたK君を呼びかけ、もう帰ろうと誘った。
Sちゃんを探すと、反対側の木立の辺りに立って、何かをジッと見つめているようだった。
見ると、黄色いオモチャのようなモノが落ちている。
それを拾おうとして、Sちゃんはしゃがみ込んだ。
私は、Sちゃんの方へ足を踏み出し、帰るよ、と呼びかけようとした。
すると、K君が袖を掴んで軽く引っ張った。
私は思わずK君の方を向いた。

ドンッ!

突然、腹に響くような大きな音がして、私はSちゃんの方を振り向いた。
Sちゃんは地面に倒れていた。
私は急いで駆け寄ったが、ダメだった。
足や手があり得ない方向に曲がっていて、体の下から血が溢れている。
しばらく呆然と立ち竦んでいた。
が、不意に、Sちゃんの拾おうとしていた黄色いモノが地雷であったことに気付いた。

もちろん、対人地雷のことはC国に来る前から聞いていた。
子供が興味を持つような色や形の地雷があることも、
世界各国で、それらの犠牲となり、手足を失った子供の写真も見たことがある。
しかし、私には実感がなかった。
情けない話だが、Sちゃんの、無惨な遺体を見るまでは、
私の目の前で、幼い子供が犠牲になるなど、考えてもみなかった。

振り返ると、K君が顔をクシャクシャにして泣いていた。

922 名前:4/5 投稿日:03/02/12 18:39
Sちゃんが死んだ丘は、法的には工場の敷地だった。
実際には、地雷の危険性があったということで、立ち入り禁止となってた。
しかし、そこを囲っていた有刺鉄線はとっくに盗まれていた、ということだった。

私はSちゃんの家族に会って謝ろうと思ったが、
工場長をはじめ、現地のスタッフは皆、反対した。
「あれは事故だ。断じてあなたのせいではない。」
皆が、そう言って私を慰めてくれた。
後に工場長から、Sちゃんの家族には会社から見舞金が渡された、と聞かされた。

私はしばらくの間、自宅で休養した。
工場に戻っても、以前のように子供と遊ぶ気にはならなかった。
K君と会うことも、二度となかった。

923 名前:5/5 投稿日:03/02/12 18:40
やがて月日がたち、当初の目的を果たした私は日本へ帰ることになった。
帰国した私は、真っ先にT氏に連絡を取り、会う約束を取り付けた。

T氏は私を見るなり、何かに気付いたようで、深いため息をついて言った。
「ご愁傷様だな。」
私は少し間をおいてT氏に尋ねた。
「あなたも、あそこで同じような体験をしたんですね。」
「ああ、私の時は男の子だったよ。赤い地雷だった。」
「・・・その後は?」
「たぶん君と同じだ。一月もすると別の子供が誘いに来た。
行ってみると、有刺鉄線など、どこにもなかった。」
T氏はひどく悲しそうな目をしていた。
「それからは、ひっきりなしだ。兄弟連れで、何人も何人も・・」

Sちゃんの家族の手に渡った見舞金。
我々にとっては、はした金程度のものでも、C国では家族を数年養えるだけの価値がある。
おまけに養う口は一つ減るのだ。

しばらくの間、T氏と私は子供達の運命を呪うように、黙って俯いていた。

魔女の宅急便の都市伝説

Posted on 1月 24, 2013

ジブリの人気アニメ「魔女の宅急便」には、クロネコ繋がりのエピソードがある。
それは、スタジオジブリが「魔女の宅急便」を制作していた時のこと、本来「宅急便」という言葉はヤマト運輸の登録商標であったが、制作スタッフがこれを知らずにタイトルに取り入れてしまった。
公開間近になって、ヤマト運輸から警告を受けたのだが、その時にはパンフレットやら広告ポスターやらを大量に作り終わった後だったため、ジブリは使用料をヤマト運輸に支払うことで解決を図ろうとした。
しかし、自社のイメージダウンを恐れたヤマト運輸は、その件を断り、別のある提案を持ちかけた。
それは、ヤマト運輸が「魔女の宅急便」の筆頭スポンサーになること、そして、「魔女の宅急便」をヤマト運輸の広報活動に自由に使用できるようにする、というものだった。
こうして、人気・知名度ともに絶大な宮崎アニメに便乗する形で、ヤマト運輸は国内の宅配便業界の最大手として君臨することになったのだ。

人に話すとその人が不幸になるかもしれないと思って 今まで親友にさえ話した事が無い話を書きます。

Posted on 1月 24, 2013

人に話すとその人が不幸になるかもしれないと思って
今まで親友にさえ話した事が無い話を書きます。
数十年前の夏、当時学生だった私はH県の実家に帰っていた、
私の家はかなり田舎にありまして。夜なんかは懐中電灯なしでは歩けないくらい暗かった。
私が帰郷して3日目ぐらいに友人と会うために近くの田舎町の飲み屋に行った、
久しぶりに会う友人に私は嬉しくおもい普段あまりのまない酒をかなり飲んだらしく、
何時その店を出たのか、店での記憶はほとんどないが
気がつけば店を後に家に帰る道をたどっていた
その帰り道での事だ家まで後わずかというところの道端に浴衣を着た女性が立っている。
夜おそくにも関わらず表情がとても鮮明に見えていて、その顔は憂鬱だったという。
不気味に思ったわけでもないが、こんな夜遅くに若い女性がと思うと、どうやら酔いがさめ

その女性が自殺でもしそうな面持ちだったもので、つい
  「大丈夫ですか?悩み事でもあるのですか?相談にのりますよ。」
と声をかけたが、女性は黙ったままで。
  (そっとしておこう、ナンパに間違えられたかもしれない。)と思い、家路についた。
布団に入りずっとその女性の事が頭から離れず気になって気になって仕方がなく
しばらくは寝付けなかった。
それから何時間たったのだろうか、寝ていた事に気づいたと同時に尿意がした。
相当飲んでいたのだろう、よくよく考えると一人で帰って来た自信がなくなった
今の今まで眠っていたとしたら
家に帰ってきたのも本当は友人が送ってくれたのかもしれないし
帰り道の女性も夢のなかの話だったのかもしれない、
いろいろ考えながら私は母屋の玄関から懐中電灯片手に母屋から少し離れたところにある便所に向かった。

外へ出ると満月が山と一面の田んぼを照らし、十分に便所が見えた。
懐中電灯の必要性はない、そう考え用を足すには邪魔な懐中電灯を玄関において出た。
そこにきてまた女性を思い出す。
あの時は満月なんか出てなかったよな・・・
やっぱり夢か・・・・とりあえず便所に向かった。
便所はちょうど4畳ぐらいの小屋で扉から屋根まで全てが木製、
でちょうど風邪が通るように壁には肩から上ぐらいの所に横長の開きっぱなしの窓があった。
そこからは便所の隣に沿うように植えられている垣根とその奥にある田んぼが見える。
とりあえず私は小便をし始めた。
すると急に辺りが暗くなった、どうやら月が雲に隠れたみたいだ。
月明かりがもどると私は顔面が真っ青になっていくのがわかった。
垣根のすぐ裏に居る、あの女性が居る
そして私の目をじっと見つめている、間違いなく私が声をかけた女性だ。
この状況から私は幽霊だと思ったが逃げる事も目を離すことも出来ず
じっと私も彼女を見つづけた、心の何処かで幽霊を否定していたのかもしれない、
しかし、経験した事もない寒気と耳鳴りがした私はブツをパンツにしまって早く床につこうと考えた
そして私がブツをしまうために下を向いて無意識に垣根の方を見た時
さらに目を疑った、

彼女が垣根より前に、私との距離が10センチもないところに顔を持って来た。
そして甲高い声と大きな口と目を立てにさらに大きく開け
「みぃぃ!!!!みぃぃ!!みぃぃ!!・・・・」と訳のわからない奇声を発して迫ってきた
私は声にならない声で叫び
床まで全力疾走し布団をかぶった、
おそらくそこで気を失ったのだろうか、気がつけば朝だった。
翌日両親にこの話をしたら精神病院に行く事を薦められ、
心の何処かでまだ霊的なものを否定していた私はきっと精神的なものだと思い
自ら精神病院を訪れた、病院の医者からは夢遊病との診断がくだされ、数週間の入院が決定した。
私もそれで体験した事を病的なものでごまかす事ができると心底喜んだ。
しかし入院初日の夜、ぐっすり寝ている私のベッドの上から誰かに見られているような気がして
目を開けて見るとやはり女性がいるわけです。
そこから完璧にノイローゼというか精神的におかしくなり
その病院から大学病院に移り1年間以上入院をした。
入院中はもちろんずっとその女性が枕の上にいた。いました。

受験ネタで悪いが淑徳高校21年度の英語の8番がじわ怖

Posted on 1月 24, 2013

486 :sage:2010/01/22(金) 21:11:27 ID:YYMb80Jm0
受験ネタで悪いが淑徳高校21年度の英語の8番がじわ怖
頭を殴られ続ける人の話でかなり気持ち悪い
494 :sage:2010/01/23(土) 00:19:07 ID:zMdOaznh0
>>486
そう言う局地的つか限定過ぎるネタこそソース貼れよ
そのネタ知っててここ見てる奴お前以外何人いるかって話
495 :sage:2010/01/23(土) 01:17:08 ID:wf7NwKJx0
わたしの頭をかさで叩く習慣をもつ男がいる。
最初私はそれに耐えられなかったが、
今では慣れてしまった。彼の名は知らない。
見た目は平均的で、灰色のスーツを着ていて、ふつうの顔をしていることは知っている。
5年前のある朝,私は彼にであった。
私は新聞を読みながら、パレルモ公園のベンチに座っていた。突然私は何かが頭に触れるのを感じた。
それこそが私が書いているように、今もかさで私をたたき続けているのと同じ男であった。
その瞬間私は怒りで満ち溢れ、振り向いた。
彼はただ私を叩き続けた。私は彼に頭がおかしいのかと尋ねた。
彼は私の話すら聞いていない様だった。それから私は警察を呼ぶぞと脅した。落ち着き払って、彼はじぶんの作業に徹していた。
少しの時間のためらいの後、彼がその態度を改めそうも無いとみて、私は立ち上がって彼の鼻を殴った。その男は倒れこんだか、直ちに立ちあがり、何も言わずに、またかさで私の頭を叩き始めた。
496 :sage:2010/01/23(土) 01:19:33 ID:wf7NwKJx0
彼の鼻は出血していて、そのとき私は彼を気の毒に思った。かれをそれほど殴ったことに対して自責の念にかられたのだ。
言ってはみても、その男は正確には私を叩いていなかった。かさでただそっと小突いていただけで、痛みは全く引き起こしていなかった。
もちろん、その小突きはとても煩わしかった。みんなわかる様にハエがおでこに止まっても痛みは一切感じない。感じるのは不快感だけだ。
まあ、そうなると、そのかさはわたしの頭に次々と決まった間隔でとまりつづける大きなハエということだった。
じぶんはおかしな人とか変わってしまったと確信して、逃げようとした。しかしその男は無言で私を叩き続けながら追いかけてきた。
そこで私は走り出した。彼は私の後を追い、虚しく打撃を与えようとしていた。わたしは家に帰るのが最良だと思った。
わたしには計画があった。家についたらすぐにわたしは彼の目の前でドアをバタンと閉めようとした。しかしそうはならなかった。
彼はわたしの心を読んだに違いない。というのも、彼はドアノブを掴んで私と一緒に押し入ってきたからだ。
その時からずっと彼はわたしの頭を叩き続けている。わたしの言える限りでは、彼は眠ったことも何かを食べたことも無い。
彼の唯一の行動はわたしを叩くことで成り立っている。彼はわたしのやること全てにおいてわたしと一緒にいる。たとえ、プライベートの時でもだ。
わたしは最初、叩かれることで一晩中眠れなかったのを覚えている。今は、それなしではわたしは眠ることは不可能だろうと思っている。

アンパンマンの黒幕

Posted on 1月 23, 2013

子供に大人気の国民的キャラクター「アンパンマン」。
正義のヒーローである「アンパンマン」には、宿敵である「バイキンマン」がいつも邪魔を仕掛けてくるのだが、実は裏で「バイキンマン」を操る黒幕的人物が存在する。
それはなんと、パン工場で働くパン職人の「ジャムおじさん」であるというのだ。
実は、「バイキンマン」の正体はパンを作る際に必要不可欠な「酵母菌」であり、パン工場にゆかりがあるのである。
その証拠に、「バイキンマン」は今までパン工場を攻撃したことが一度もないのだ。
「バイキンマン」と「ジャムおじさん」は裏で繋がっているのである。